私、こんな人です  |
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子供の頃の私は、お絵かきと本を読むのが好きな子でした。
両親は商売で忙しく、私は占い師をしている叔母の家で過ごして、自然と九星気学の世界へと入って行きました。
16歳の時、占いの腕もある程度まで身につき、叔母の占いの後を継いだらどうかと言われましたが、その時の私は子供の頃から好きな絵の仕事をしてみたいと就職は絵を選びました。
実のところ、占術で観る私の絵の才能は特別なレベルではないのですけれど、どうしても携わってみたかったのです。両親は「回り道だよ」、叔母は「無理をし過ぎないように」と言ってくれました。 |
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| 約10年絵を描く仕事をして、ある程度の成果と仕事に対する楽しさは手にする事ができつつも、元から才能があってその上で努力している人には到底敵わない・・・という限界を感じて来ました。
それでも好きな事だからと仕事の締め切りに追われた不規則な生活を続け、自身のストレスにすら気が付かず、肺炎と帯状疱疹にかかってしまいます。
療養しながら最初叔母に言われた「無理をし過ぎないように」という言葉が
深いところまで理解できたのはこの時でした。そして絵の仕事はここまでにしようと決めました。
この後、私は占いの道に半分だけ戻ります。
半分だけと言うのにはまた理由があって、今度は自分に向いている事をやったらどうなるかと実践してみようと思ったからです。同時に九星気学以外の占術も勉強してみたいと考えました。 |
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ここでまた約十数年の時間を使いますが、自分に向いている営業職に就いた場合は勿論プレッシャーもある中、身体を壊すことも無くノルマは達成出来る。
九星気学での開運法「方位取り」を続けた場合は仕事の成績にどう影響するのか、吉方位に引っ越しをしたらどうなるのか、等々を実践し身を持って確認する事が出来ました。営業職中は会社経営者と係る機会も多く頂いたので、大変ありがたい事に、いわゆる経営者のマインドセットも学習する事が出来ました。 |
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| この期間、占い業との二足の草鞋(わらじ)状態、それでも口コミでのご相談依頼からリピートして頂き、私が占い一本になった今も鑑定に来て下さる方は多いです。ボランティア会場などで鑑定させて頂いた方も、その後長いお付き合いとなり、当時の相談とアドバイスから独立自営をした方もいらっしゃいます。
そして私自身は課題としていた10,000人の鑑定達成と、九星気学以外の占術の勉強も行う事ができた貴重な期間でした。
その後、私は「清流の音」を開業し現在に至ります。
自分から相談者様の悩みを選んで鑑定している訳ではないのですが、昨今は独立開業や転職についての鑑定が5割、恋愛が4割、その他(引っ越しや改名)が1割になっています。
いつの間にか独立開業が恋愛相談を上回っていたのは、今のご時世的な事もありますし、私の得意分野という事もあります。
でもいつでも・・・どんな悩みにもお応えする姿勢は一緒です。悩んで、何かのご縁あってここへ来て頂いた方には、私の経験とスキルを使って全力でお役に立ちたい。やっぱり私は占い師をするために生まれてきたのだ、と思っています。 |
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